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今年も一年お世話になりました。

カテゴリー: ◆ 心の琴線に触れて...

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 こんにちは。大変ご無沙汰してしまいました。みなさん、お元気ですか?

 最後に記事を書いたのが5月末、ということは私、7ヶ月も放置してしまっていました。
ごめんなさいm(__)m

 今年の後半は、6月、7月、9月、10月、11月と各所で展示会を催していましたので、あっという間に過ぎていきました。展示会の準備に追われ、緊張の中、展示会を終えると次の準備と、嬉しいながらも結構大変な時間を過ごしていました。

 今年の夏も東京は猛暑続きで、とうとう伽羅もサマーカットにしていたんです。元々小ぶりな子なので、風船がしぼんだような感じで、何犬?と分からない姿でしたよ(^_^;)

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 でも、あっと言う間にコートも伸びてきて、今はマルチーズらしくなっています。

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 クリスマス寒波なるものが来ていたようで、日本海側はすごい雪だったみたいですね。東京も例年よりも気温が低く、今月の中旬には雪が降ったんです。だけど、大手町の方では降らなかったので、東京の初雪にはならなかったようです。

 今年の後半の仕事以外のことでは、私、11月に断捨離実行し、自分なりに成功~! あれ以来、殆ど物を買わなくなったので、実行した時のままの状態を保てています。

 それとね、ご報告ですが、私、来年の2月から母と一緒に生活をすることになりました。今年は母も大病をし、現在療養中なのですが、来年からは東京の病院で治療をしつつ、一緒に暮らしていきます。(このことはまた今度ゆっくり書きますね。)
 なので、断捨離をしたものの、母が私の所に来ることになりますので、もっと捨てなきゃいけなくなりました(^_^;) 

 今年もあと三日ですね。一年って早いですよね。

 来年こそはブログの更新も頻繁に!と毎年思っているのですが。。。
今年も一年、お世話になりました。 明年もみなさんにとって素晴らしい年になりますように♡

 何かと気忙しい年の瀬ですが、どうぞ風邪などひかれませんよう、素敵な年をお迎え下さいね。


 


FC2 Management
2011/12/28(水) 13:40 | コメント(20) | trackback(0)

気がつけば梅雨?

カテゴリー: ◆ 心の琴線に触れて...

こんにちは。

私、いったい何ヵ月放置していたんでしょう(・.・;)
皆さんにご心配をお掛けしてしまっていたようで、ご連絡いただいたりと申し訳ございませんでしたm(*- -*)m

放置していた間にはこんな花が咲いたり、
矢車菊


こんな花も咲いたり、
クレマチス


こ~んな花も、
藤


こ~んな花も、
ラナンキュラス


こんな花まで咲きました♪
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シーズン過ぎの花達の写真ばかりでごめんなさいね。写真は撮っていたんですよ。

そしてネイルも

ネイル3月


ネイル4月


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伽羅は、一年目のワクチンと狂犬病予防接種を打ち、診察台の上でもご機嫌でした。

伽羅


このグリーンのバケツは伽羅の玩具を片づける入れ物なのですが、日に何度もひっくり返しています。

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目的は、、、バケツの中に入る事。。。変なワンコです。けどバランス良いでしょう?
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3月のあの大きな地震から2ヵ月半経ちましたね。
「あれ? 最近地震がないなぁ。」と思う頃に、都内でもまた地震が頻発したりしています。

ショップも新作出てないですね・・・というお言葉も頂戴するのですが、決して遊んでいる訳ではなくて、今年に入ってからはパワーストーンセラピーの講習会や講演会が増えてがんばっています。
震災以降は収益の一部を復興支援に役立てていただく為にもさせていただいていますので、一層がんばらなきゃと思って取り組ませていただいています。
後は、色々とお声を掛けていただいていまして、7月上旬に展示会などもあり、ネットだけではなくリアルにお客様と対面しての販売も増えてきます。有り難いことです。

プライベートでは、4月に友人を亡くしました。
ここ数年、私の周りではあまりに多くの友人が他界しています。哀しみは回数を重ねても決して慣れるものではなくて、年齢を重ねる毎にキツイです。
でも、今、こうしていられることに日々感謝しながら、如月は生きております(^^)
前回の記事で書いた友人ですが、少しづつ少しづつ回復しています。

久しぶりの更新なのに、何だか近況報告の様でごめんなさい。

関西・中国・四国方面は梅雨入りしたんですよね?
関東もそろそろでしょうか。これからが私の苦手な季節になってきますので、体調には十分に気をつけてがんばりますね(^^)

今年は、朝顔と琉球朝顔のグリーンカーテンに挑戦中です。
あとひまわりの種も植えました。楽しみです♪

2011/05/27(金) 12:23 | コメント(19) | trackback(1)

生きていてくれてありがとう

カテゴリー: ◆ 心の琴線に触れて...

祈り届け


平成23年3月11日に発生しました東北地方太平洋沖地震により、被災された皆様やご家族の方々には、心からお見舞い申し上げます。
そして、この未曾有の災害によって亡くなられた方々のご冥福を深く心よりお祈り申し上げます。

昨日(3月18日)の早朝に家の固定電話が鳴り、急いで出ました。

「ごめんね、ごめんね。また心配かけてごめんね。ボロボロだけど私生きているよ!」

聞き慣れたその友人の声を聞いた瞬間、腰が抜けた様に受話器を持ったまま床に座り込んでしまい暫く二人で号泣していました。

被災した私の友人とはもうかれこれ20年以上の付き合いです。彼女は海外・国内各県にいつも仕事で飛び回っていました。
私は、3月10日に治療の為に入院をし、その日の朝には彼女から、

「治療踏ん張って~!私は昨日仙台に来て、明日は相馬に向かうよ。お土産買って帰ったら一目散にお見舞いに行くからね。」

とのメールが届いていました。

翌日の3月11日、お昼頃に治療を終え、病室で動かずに安静にしている時、午後2時46分、東京にも震度5強の激しい地震がありました。
ベッドのテーブルに置いておいたノートパソコンは入口付近にまで吹っ飛び、点滴台は頭めがけて倒れ、病室内は一瞬でパニック状態でした。

震源地は? いったい何が起きたの? 

急いでテレビを付けると東北・関東地方の震度がすごい事が分かり、そして数十分後にテレビからは津波の被害の模様が流れていました。

急いで携帯を出して相馬に行っていると連絡のあった友人に電話をしても繋がらず、メールも送信できず、時間をおいてやっとメールだけは送信できました。
ですが、何日待っても連絡は取れず、週明けには彼女の会社に電話をしたり、彼女のお姉さまと連絡を取らせていただき、必死で安否情報を検索したり、あらゆる機関に連絡を入れていました。

お姉さまは先週の半ばにご主人と一緒に現地に向かわれ、退院した私は家でずっとパソコンに張り付いて安否情報で探していました。

同時に、私のブログにもよく遊びに来てくれている安さんのお義母様、お義兄様、ご親戚の方々、20人以上の方との連絡も取れていなくて、安さんとも情報交換しながら日々を過ごしていました。
私の友人から連絡の入った前日の夜に、安さんのご親族全員無事との連絡をいただいて、本当に安心しました。

昨日の夕方、見知らぬ方に携帯をお借りした友人が長いメールを送ってくれました。
以下、本人の了解を得て、転記させていただきます。
※以下転記分には当時の様子が書かれてありますので、フラッシュバックされる可能性のある方は飛ばして頂けます様にお願い致します。


【被災した友人からのメール】

3月11日、午後に仙台から相馬に車で入り、目的地に向かって走っていました。
最初は海沿いを走っていたけど、海沿いより奥に入った場所も見たくて海から少し離れた場所を走ってて迷子になって、ナビを操作していたら突然、経験した事のない地震!
ハンドルを握りしめて地震が終わるのを待っていたんだよね。

外から「津波がくるぞー!」って声が聞こえたから慌てて車を飛び出して、人が走っている後について全速力で走ったの。

怖くて怖くて

怖い時、急いで走っていても人間は後ろを振り返りながら走るんだね。私もそうだった。
背後からは何人もの人の叫び声やクラクションが鳴り響いていて
何回も振り返ってて何回目かに振り返った時私の前に大きな波が壁になって私に覆いかぶさってきた。

泥の海水が一気に口の中に入って

苦しくて痛くて息もできなくて色んな不思議な声が聞えた。

誰かに思い切り右手を引っ張られていて

痛い、痛い。腕が抜けちゃう!

って思った時にパッと空が見えたの。泥だらけの大きな男の人が私の腕を掴んで引っ張り上げてくれて

「走れ!第2波がくる。死ぬ気で走れ!」

後ろを見ると車や家や、そういう物にぶつかりながら流れていく大勢の人の助けを求める手がいっぱい見えた。嫌だ!あの人達を助けて!って私も叫んでた。

「振り返るな!」って怒鳴られて無我夢中で走ってやっと津波のこない陸地に辿り着いたの。

生きながらにして地獄絵図を見なきゃいけない私は何なんだ!

どうしてこんな悲惨な情景にいるんだ? 

泣いてるよ。みんな泣き叫んでいるよ。

「私じゃなくてあの子を助けてやって!」

何回も咳き込みながら誰構わず訴えてた。

ずぶ濡れになった姿で靴もなくて一週間過ごしたよ。食べる物がなくて落ちている物だって食べた。

〇〇〇ちゃん(私への呼びかけです)私は生きてていいの?
目をあけてると怖い。
けど目を閉じるとあの情景が鮮明に浮かんでもっと怖い。
生きてていいの?って聞きながら矛盾してるけど私を助けて・・・。




電話では落ち着いていた彼女でしたが、このメールを受け取った時、犠牲になられた方々の事や彼女の心的障害を思うと泣けて仕方ありませんでした。

だけど、生きていてくれてありがとうという気持ちで一杯でした。
明日、彼女は東京に戻ってきます。
私に何ができるのかは分かりませんが、全身全霊をかけて彼女の支えになりたいと願うばかりです。

まだまだ余震も続いています。

東京でも日に何度か地震があり、正直なところ私も怖いです。
そして東京では必要な日用品、食料が相次いで品切れ状態です。地震前の東京では考えられない状況が多々あります。
焦る気持ちが分からないではないのですが、背中を丸めてシルバーカーを押してお米を買いにいらしていたお年寄りが買えずにまた家に戻られる姿を目にすると、買い漁る人の姿にさもしささえ感じます。

この記事の最初に貼ってあります「被災地に祈り届け」の画像バナーは、私の友人から送られてきたものです。友人のお知り合いの方が作られた画像バナーです。
被災地の方に向けてのメッセージを届けていらっしゃいます。画像は自由に持ち帰って下さって構いませんので、ブログ等に貼り付けていただけたら嬉しいです。

犠牲になられた方のご冥福を祈らせていただきつつ、現在も被災地で悲しみと寒さと空腹に耐えていらっしゃる方々に一日も早く安心して暮らしていただけるように、今、こうして命をいただいている私たちにできる事を模索しながらでも毎日を過ごしていきたいと強く思います。

2011/03/19(土) 14:31 | コメント(37) | trackback(0)

父の命日

カテゴリー: ◆ 心の琴線に触れて...

こんばんは。
先週末は曇り空ではっきりしないお天気でしたが、今日は久しぶりに晴れ間が見えました。

富士山と夕焼け

夕方にはとても綺麗な夕焼けで、写真の左側には富士山もよく見えていました。

三日前の満月、月輪がかかっていてとても美しくて、天然石の月光浴をしながら寒かったのですが暫く眺めていました。

2月18日満月


梅の花も満開になっています。
梅


久音と伽羅も並んで日向ぼっこしていました。
久音と伽羅


今日は、父の命日でした。
2001年の今日でしたので、ちょうど10年経ちました。

10年目となると何かひとつの節目の様な気がして、昨年の今日よりも感慨深いものがありました。

私の父は東京がとても好きな人でした。
入院をする前は年に2~3度必ず東京に遊びに来ていました。その中の1回は大相撲の観戦でした。
上京して私の所に泊まった翌朝は、朝のお散歩で一緒に歩いたものでした。今朝は最後に父と歩いた道を歩いてみました。

日本の親って、他人に我が子の話をする時に謙ってあまり人前で褒めたりしませんよね?
ですが私の父は全く逆でした。
恥ずかし気もなく、
「こいつは可愛いやろ?」とか、
「こいつほどええ子はおらんやろ?」と実家のご近所さんにいつも満面の笑みで話しながら私の頭を撫でながら言ってしまうような人でした。私が大人になっても同じ事を言っていました。
母の事も、「世界で一番大好きやわ。」と言っていました。とにかく明るい人でした。

子供の頃には考えもしなかったのですが、東京で暮らす様になってから父の子供の頃の話が聞きたくてよく聞いていましたが、
「お父さんか?お父さんは賢い子やったで。」といつも言うだけで他の事は一切話してくれなかったのですが、父のお通夜が終わった後に父の従妹から初めて聞かせてもらいました。

父の両親は父が7歳の頃に離婚していました。父と父の妹は父親の方に引き取られていましたが、その父親にはお付き合いしている人がいてその女性と蒸発したそうで、子供の頃の父は随分と苦労をしたそうです。

父は妹と共に近所の畑から野菜を取って(勝手に拝借して)その日その日を食いつないでいて、ある日警察に保護されたそうです。
それからは親戚の家を転々として暮らしていたらしいのですが、父が言っていた様にかなり賢い子だったそうで親戚の家の手伝いをしながら一生懸命に勉強をしていたそうです。

毎年、父の命日の日には当時父の主治医だった名古屋の病院のお医者様に電話をしています。
今朝、父が好きだったお花を買って家に戻ってから電話をかけてみましたが診察中で出ていただけなかったのですがお昼前に電話をいただき、しばらくお話しさせてもらいました。10年経っても未だにあの当時の事はよく覚えて下さっていて入院中の父の様子をまた今日も聞くことができました。

華道と演歌をこよなく愛していた父は今はあちらの世界で鼻歌を唄いながらお花を活けているでしょうか。


最後に1月と2月のネイルを♪
1月ネイル


2月ネイル


早く暖かくなるといいですね。

2011/02/21(月) 19:10 | コメント(28) | trackback(0)

映画『私の愛、私のそばに』

カテゴリー: ◆ Film Criticism

こんにちは。またもやご無沙汰してしまいました。
私の誕生日の日には、コメント、メールをありがとうございました。(コメント欄に気付くのが遅くてごめんなさい。)

世間は三連休の人も多いですよね。
昨日の東京はこの冬初めての雪景色でした。以前に少し降ったのですが、一日中降り続けたのは昨日が初めてでした。
今日も気温が低くとても寒くなっています。

今日は先日劇場で観た映画のお話を。。。




〔タイトル〕『私の愛、私のそばに』

〔ストーリー〕
筋肉が徐々に麻痺していく難病「収縮筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患うジョンウ(キム・ミョンミン)。唯一の肉親である母親が亡くなった日、幼なじみの葬祭ディレクター・ジス(ハ・ジウォン)と再会したことをきっかけに、2人は恋に落ち結婚する。1年後、ジョンウは体調が悪化し入院生活を余儀なくされるが、ジスの献身的な支えに闘病生活に励んでいた。だが状態は一向に良くならず、ついに恐れていた言語障害の症状さえも出始める…。

〔キャスト〕キム・ミョンミン
      ハ・ジウォン

以前は韓流映画・ドラマは一切観ていなかった私ですが、(正直なところあまりの韓流ブームについていけなかったんですけどね。)フジテレビ系列で平日の午後から『韓流α』を一昨年頃から何気に観たことから簡単にハマってしまいました。
それからは時々DVDをレンタルして観たりしていました。

久しぶりに映画を観に行ったのですが、この日は朝から色んな事で不安がドーと押し寄せて来て、挙句、仕事をしていてもなかなか進まず、こういう時は一旦全部放り出してリセットしないと止まったままだと思い、「絶対観たい!」と思っていた『私の愛、私のそばに』を観に簡単に支度をして新宿まで行きました。
家から映画館まで徒歩も入れて30分もかからず到着しました。

この映画の役作りの為に主演のキム・ミョンミンさんは20キロのダイエットをして臨んでいます。徐々に痩せていくその体に、最後の方では観ていて息を呑んでしまいました。
内容的にただただ観客の涙を誘うという映画ではなく、抑制された演技で自然と泣かせてくれる映画でした。
(実は号泣に近かったですが、、、^^;)
難病と愛というテーマを綺麗にまとめている様な映画ではなく、私にはとてもリアルに感じられました。
あまり詳しく感想を書いてしまうとこれからご覧になる方に申し訳ないですよね。

オープニングから二人の世界にスーと入ってしまえ、切なく苦しく悲しい映像満載ですが、観終わった後に何かとても優しいまろやかな気持ちになれました。
映画を観て泣いたのも久しぶりかも知れません。

日本語の予告を貼り付けておきますので興味のある方はご覧になってくださいな。



主演のキム・ミョンミンさん、ドラマ『ベートーベン・ウィルス』では偏屈でかなり毒舌なマエストロで主演されてました。
決してお世辞にもイケメン俳優ではなく、39歳の普通のおじちゃんですが、演技している時の目線の運び方や、表情の切り替えが素晴らしい役者さんだと思います。

この『ベートーベン・ウィルス』は、ちょっと心惹かれているチャン・グンソクも出演しているので観始めたのですが、今ではミョンミンさんにばかり目が行ってしまっています。
タイトルでも分かる様に、オーケストラ(市響)を題材にしたドラマです。ドラマの中の演奏の音も素晴らしいと思います。
ちょうど今、関東での韓流αで放映されています。

そんな訳で、ここのところ韓流にハマっていたこと、知らなかったでしょう?
私自身もこんなにハマるとは思っていなかったので、驚いています。

明日は日曜日ですね。皆さん、楽しく過ごしてくださいね。

2011/02/12(土) 22:42 | コメント(30) | trackback(0)
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